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あやめあやめ

書き続けたいけど、一度も書き続けられたことがない。

自分が読みたくなる文章

ご機嫌ようでございます。Honey-Kです。

 

先日の不調からはひとまず立ち直ったようです。次の日からは仕事に行けましたし、この3連休も大分遊んだと思います。

ただ、仕事が始まったら、上司に相談しなきゃ…と思うことがあって、それが引っかかっていました。どう話かけようか、タイミングは、内容をちゃんと伝えられるか、、、。

人との折衝、特に、お客様と上司の板ばさみという状況が、私の中でもっとも障壁となっているようで、それは去年引きこもる前も同じ状況でした。

ただ、今の方がまだ良い環境なので、潰されるほどの不安がないと言ったところですが、心の癖は治ってないように思います。

 

さて、今は上の話を掘り下げていくのではなく、3連休でふと思ったことがありまして。

もう今年残す所2ヶ月(あまり意識したくはないですが)ということもあって、某所のLOFTの店頭には来年のスケジュール帳がずらりと揃えてありました。

Canpasノートに大きめのカレンダーが印刷された簡易なものから、1日1日のスケジュールがしっかり書き込める日記タイプのもの、就活や個人の目的に合わせたスケジュール帳等に実に様々です。
やはり、こういうラインナップを見ていると、スケジュールを書き込みたくなりますよね。

また、ノートのコーナーにも足を運びました。「紳士なノート」という非常に紙の手触りの良いノートや、リンゴのシルエットが書かれた表紙の可愛らしいRollbahnがあって、これらも何かを書きつけたいという欲を呼び起こします。

しかし、いざこれらを買おう、と思った時に、では一体何を書きつけるのか?なんのために書きつけるのか?という問いにぶつかります。スケジュールは覚えられないほど入れないし、スマホにも記録できる。日記やエッセイなんて、勢いで書いても後から見ない。しかも手書きになるので、自分の字の下手さと相まって後から見るのが恥ずかしすぎる。

そういう考えがよぎって、手に取った手帳を棚に戻すのです。

ブログと違って、私が私用の手帳に書くものは、ほぼ自分が見返すためのものです。
それを、自分が見返す可能性が低いのに、どうして手帳が買えましょうか。その手帳がいくら魅力的だったとしても。

 

かつて、私にも読み返していて楽しい文章が書ける時がありました。

それは、仲間とのことを記録していた文章でした。

中学生の時、私は友人をキャラクター化して小説を書いていました。
大学生の時、ミクシィで友人と過ごした日々のなんでもない話をよく日記として投稿していました。

その時に書いた文章は今では読めたものではありませんが、当時は読み返してはよく心の中でにやにやしていたものです。

 

今では、大人になってしまったせいか、友人というものの距離は以前よりも遠くなり、そこまで感情移入する対象でも無くなってきました。

だとしても、私がかつて仲間だと思っていた人達のことを文章に起こしたとしたら、またあの頃のようについつい読み返してしまうような文章が書けるのでしょうか…?

 

あなたは手帳に何を書きますか?