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あやめあやめ

書き続けたいけど、一度も書き続けられたことがない。

あなたにとって今日は何の日?

ご機嫌ようでございます。Honey-Kです。

このブログにしては珍しく、更新頻度が高くなっていますね。
昨日はたまたま良いお題に巡り会えたことがきっかけでしたが、本日は日本国民の多くにとっては特別な日となったためか、キーボードを叩きたくなったのです。

 

東日本大震災が発生して、5年目を迎えました。

当時大学生だった引きこもり都民にとっては、小学生の時に乗った起震車のような揺れを再度体験し、電車が動かないため帰れないので大学構内で一夜を過ごし、翌日すし詰めの電車に乗りながら何とか自宅に帰宅する。といった2日間の苦労と、計画停電の不便さを味わったくらいでした。

その後も、卒業研究に追われて自分のことで手一杯で、震災の助けになるようなこと(ボランティアや企画への参加)はほとんど出来ていません。放射線に関する知識だけはあったので、風評被害に加担するようなことをしなかったくらいでしょう。

今日もずっと震災関連の番組をやっています。忘れてはいけない悲しい記憶と教訓が語られています。テレビの前の何も失っていない私は、それを理解しきることもできないし、何ができるかもわからないまま、呆然として、何となく深い闇に飲まれそうな気分になっていました。

その後テレビを消してネットをふらついていたら、次のような文章を発見しました。

3月11日 - アンサイクロペディアより引用

2011年の3月11日には宮城県沖を震源とする東日本大震災が発生した。それを受けて翌年以降3月11日は震災を考える日として黙とうをささげ決意を新たにする日だという人たちもいる。ただ誰かにとって祈るべき日は誰かにとっての誕生日であり結婚記念日であったりもするのだ。だからこそ今日はあくまで普通の日である。だからこそ地震のことを考えずに震災関連イベントを開くこと以外を不謹慎というのはおかしい。3月11日は前向いて生きていく366日のうちの一日であり、普段と同じように楽しむことは楽しみ頑張るべきことは頑張る日なのだ。

 そう、私にとって今日は普通の日なのでした。遠い場所にいる私が震災に思いを馳せることは、祈る人にとって支えになるのかもしれません。でも、今のからっぽの私がやっても偽善にしかならない。

防災意識を高めるくらいのことをして、あとは普通に過ごせばそれでいいのだと、闇に飲まれる必要はないと肩を掴まれた感じがしました。

 

上記の引用文から色々感じさせられることがあると思ったので、お伝えしたかった次第です。

 

新幹線の開通や街おこしも盛んになっていますし、修学旅行以来行っていない東北に、旅行に行きたいですねぇ…。