あやめあやめ

書き続けたいけど、一度も書き続けられたことがない。

お薬に帰ってきました。

ご機嫌ようでございます。Honey-Kです。

 

理性では処理できても、感情では追いつかないこともありますよね。
目標を立てたのにうまくいかなかったり、イラっとする対応をされたり…

きっとみんな私の知らないところで疲れてるんだろうなって思ってきたけど、

ついにこの土日に爆発しちゃいました

 

幸いにも日曜診療の心療内科があったので、話を聞いてもらって効き目が強いのをもらってきました。

会社は行きたい。でも、人と話したくない、仕事に手がつかない。そんな不安が強いです。この一週間が勝負なのですが…

 

いつもご飯を食べてくれる人たちがお昼に行く時間を狙って出社します。

 

楽天家と付き合うのは時々心が折れる

ご機嫌ようでございます。Honey-Kです。

あっという間に3月も終わりますか。その割には春特有の温い日よりもまだ肌寒さを感じる日が多いですね…。

 

今日はひどいことを言う気がします。

私の友人には一定数、楽天家がいます。正確にいうと、『私よりは』楽天家で、私がくよくよしているとすぱっと正論を言ってくる人のことです。

先週の金曜日、私は以前いた部署の人にすれ違いざまに舌打ちをされました。多分、その人でなかったら、『年度末だし色々あるんだろうな…』くらいにしか思わなかったのでしょうが、まぁ色々あった人だったのと、一年越しにまさかこのタイミングで絡んでくるのかと思ったので、色々嫌な妄想が止まらなくなったのです。
またすれ違ったら舌打ちされるのではないか、それ以外の嫌がらせをされるのではないか、などなど。

ただ、認知療法をかじった身としては、そのような妄想にとりつかれる必要もないのですが、久しぶりのうつの原因との接触に対応しきれなかったと言い訳しておきます。

その後、いてもいられなくなって『ずっと昔に心当たりがあるけど、舌打ちされた萎えぽよ』と『私よりは』楽天家な友人に言ってみたら、

「や、直前にやなことでもあったんじゃん?」とばっさり。

う、うん、確かにそうかもしれない、、、でも、収まらないこの胸のつっかえと恐怖感。

 

最近、高校の時の友人のLINEグループで、また食事をしようという話が上がっています。私は反応していません。平日の夜は厳しい、、、。

このグループの友人達もばっさりタイプでした。言ってることは正しい。でも、そんなにすぐに切り替えられたら多分言ってないですよ。高校卒業してからこのグループに入れてもらってるけど、私が居ていいところなのかずっと疑問に思っている、というかむしろもう抜けたいのかもしれない。

どっかから友達は大事にしろと声が聞こえてくる。7〜8人でガチャガチャ付き合うより、2〜3人でゆっくり付き合いたい。この歳になるとみんなが今どこで何をしているのかすぐ忘れちゃうから、どーでもよくなっちゃうんです。

疎遠になった人は、心に残る思い出がない限りは、別に反応しなくてもいいかなって。私はその疎遠になる距離が他の人よりちょっと短いのでしょう。

 

で、話戻しますが、私がいつまでもくよくよしてるのがおかしいとか、安心が欲しいなら違う人に相談しろという批判はごもっともなんですけど、特にぶちまける場所もないので書いちゃいました。

やっぱり早く立ち直れる人間になればいいんですかね、、、

 

なーんて露ほども思いませんね。

 

やっぱり相談する人は選ぼう。それか、認知療法しかない。

私の感情で人に迷惑はかけたくないな。

 

夕飯を変えたら、翌朝劇的に起きれるようになった。

ご機嫌ようでございます。Honey-Kです。

 

仕事前なので手短ですが、最近夕飯を変えたら劇的に起きれるようになったのでご報告致します。

 

実は先週、胃腸炎を起こし、今は消化の良いものをちびちび食べる生活をしています。お粥ですら重かったので、消化の良い野菜や具材を詰め込んだ鍋や煮物を作り、お腹いっぱいにならない程度に夕飯に食べています。

そしたら、翌朝、なんと7時に自然と目覚めよく起きられるではないですか。(ちなみに、5時くらいにも一回起きている気がする。)

以前は、8時にスマホのアラームが鳴って、ギリギリ会社に間に合う15分後にやっと起きる…みたいな生活をしていました。頭も働いていません。

今はブログに文章が書けるくらいには頭働いてます。

以前の夕飯は、ご飯、納豆、カットキャベツ+冷食という感じで、量は少なめと思っていたのですが、消化に負担があったのでしょうね。

 

朝スッキリ起きたいと考えている方は、夕食を消化に良いものにして済ませてみてはいかがでしょうか?

それでは。

2017年大安、いいえ

あけましておめでとうございます。Honey-Kです。

このブログ的にはいつのまにか新年が明けてしまいました。
一年前の今頃は休職を始めて間もない頃だったのに、明日からもう仕事が始まるというのが不思議な感じです。

だるかったりしたこともありましたが、今年は順当に仕事ができたという感想です。また、部署を移動して初年度にも関わらず、良い評価をいただくことができて、今の職場環境には頭が上がりません。部署の皆さんとも仲良くさせていただいています。

 

今年もそんな風に順当に過ごしていきたい…とはあまり思っていません。

勿論、調和しつつ現在の職場・部署でさらに上のレベルの仕事をこなしていくこと、これは今の私の中で最も重要な課題と思っています。しかし、私には他にやりたいと思うことがあるのです。それは、もっと科学に近いところで仕事することです。
現在の部署に異動させていただくことで、安定して仕事できる環境は手に入りましたが、前の部署のように科学に近いところで仕事するというのは失われました。(かと言って、前の部署に戻る気は全くありませんが)

今後仕事をどうするかは、今の仕事の経験をもう少し積みたいのと、受け入れてくださった部署への恩返しをしなければと思っているので、今年中にどうこうするつもりはありません。が、仕事の外で科学に関わる機会を増やしていきたいなと思います。

 

・・・という感じに自身の事を書いてみたわけですが、こういう気持ちも数ヶ月後にはどうなっているのやら、と疑問に思います。
私は寝ることが好きなので(苦笑)、普段家に帰るとご飯食べてお風呂に入ったら寝てしまいます。そして、その生活を続けて…いつのまにか数ヶ月が経っていて、あっという間だった…こうやって年を取っていくのね、と仕事納めの後、休みに入って感じました。

昨年は身近な方が3人も亡くなり、時間に対して、学生の時のように"これからだ"、"時間はまだある"といった楽天的な考え方があまりできなくなってきました。今では"時間は有限で、いつ終わりが来るのかわからない"という考えです。

だからこそ、お正月のように落ち着いてこれまでを振り返ったりこれからを考える時間を作れば、もう少し豊かに生活ができるのかなと感じます。
時々、忙しくて(間違いなく上司よりは忙しくないのですが)色んな事を忘れたり、覚えられないことがあります。そんな時こそ、雑念を追い払って頭を整理する時間が必要と思います。

今年はそうした時間を意識的に作るようにし、アクティブに生活できればと願います。

 

ご覧のみなさまも、良いお年をお迎え下さい。

 

 

自分が読みたくなる文章

ご機嫌ようでございます。Honey-Kです。

 

先日の不調からはひとまず立ち直ったようです。次の日からは仕事に行けましたし、この3連休も大分遊んだと思います。

ただ、仕事が始まったら、上司に相談しなきゃ…と思うことがあって、それが引っかかっていました。どう話かけようか、タイミングは、内容をちゃんと伝えられるか、、、。

人との折衝、特に、お客様と上司の板ばさみという状況が、私の中でもっとも障壁となっているようで、それは去年引きこもる前も同じ状況でした。

ただ、今の方がまだ良い環境なので、潰されるほどの不安がないと言ったところですが、心の癖は治ってないように思います。

 

さて、今は上の話を掘り下げていくのではなく、3連休でふと思ったことがありまして。

もう今年残す所2ヶ月(あまり意識したくはないですが)ということもあって、某所のLOFTの店頭には来年のスケジュール帳がずらりと揃えてありました。

Canpasノートに大きめのカレンダーが印刷された簡易なものから、1日1日のスケジュールがしっかり書き込める日記タイプのもの、就活や個人の目的に合わせたスケジュール帳等に実に様々です。
やはり、こういうラインナップを見ていると、スケジュールを書き込みたくなりますよね。

また、ノートのコーナーにも足を運びました。「紳士なノート」という非常に紙の手触りの良いノートや、リンゴのシルエットが書かれた表紙の可愛らしいRollbahnがあって、これらも何かを書きつけたいという欲を呼び起こします。

しかし、いざこれらを買おう、と思った時に、では一体何を書きつけるのか?なんのために書きつけるのか?という問いにぶつかります。スケジュールは覚えられないほど入れないし、スマホにも記録できる。日記やエッセイなんて、勢いで書いても後から見ない。しかも手書きになるので、自分の字の下手さと相まって後から見るのが恥ずかしすぎる。

そういう考えがよぎって、手に取った手帳を棚に戻すのです。

ブログと違って、私が私用の手帳に書くものは、ほぼ自分が見返すためのものです。
それを、自分が見返す可能性が低いのに、どうして手帳が買えましょうか。その手帳がいくら魅力的だったとしても。

 

かつて、私にも読み返していて楽しい文章が書ける時がありました。

それは、仲間とのことを記録していた文章でした。

中学生の時、私は友人をキャラクター化して小説を書いていました。
大学生の時、ミクシィで友人と過ごした日々のなんでもない話をよく日記として投稿していました。

その時に書いた文章は今では読めたものではありませんが、当時は読み返してはよく心の中でにやにやしていたものです。

 

今では、大人になってしまったせいか、友人というものの距離は以前よりも遠くなり、そこまで感情移入する対象でも無くなってきました。

だとしても、私がかつて仲間だと思っていた人達のことを文章に起こしたとしたら、またあの頃のようについつい読み返してしまうような文章が書けるのでしょうか…?

 

あなたは手帳に何を書きますか?

 

お/は/よ/う/ご/ざ/い/ま/す

ご機嫌ようでございます。Honey-Kです。

最終投稿日が4/25でしたか…5ヶ月くらい経っているんですね。

 

復職して、新しい部署での仕事はそこそこ楽しく続けられているのですが、今日は少し疲れてしまったので休みました。午前にひとしきり寝ていたら、少しづつ動けるようになってきたので、食べたりして、ふと、文章書きたいなぁ…なんて思って戻ってきたみたいです。

私は何か焦っているらしく、現状に対して不満は全くないけども、このままでいいのだろうかと思っているようで。(主に仕事に対して)

昨日の夜、同期と話して明日から頑張ろうと思っていたのに、朝動けなくなっていたという。

正直、今日行かなくても何も変わらないと思っていたのも大きいけども…。

 

とりあえず、今日はあまり考えないようにします。

正しい自己評価が自分を保つ

ご機嫌ようでございます。Honey-Kです。

おかげさまで先日、復職可能との診断をお医者様からいただきました。
その一方で、カウンセリングの先生からは、また休職する事態にならないように、対策や心構えをしておくべきとの助言もありました。

そんな今日ですが、twitterで知人がリツイートした志茂田景樹さんの言葉が印象に残りました。

自分が周りからどう思われているか。もしもそれが気になって仕方がないのなら、先に自分が自分をどう思っているかを確かめることだ。それは自分を大切にするということにつながる。自分をよく知らなくて自分に対する周りの評価を知ってもそれにおもねて自分を失う結果になる。

この言葉の裏を返すと、自分に対する考えを認識することで、例えば、他の人から怒られたり批判されたりして落ち込んだとしても、周囲の評価に押しつぶされるのを軽減することができると考えられます。

「自分に対する考えを認識する」ということは「自己評価をする」に言い換えられると思いますが、どう自己評価をすれば気になるところですよね。

『自己評価の正しい仕方。伸びた鼻をへし折ろう』ーYukedの日記さまから引用します。
http://d.hatena.ne.jp/Yuked/20091119/1258609602

周りとの比較で得る自己評価は普遍ではない。その評価で一喜一憂するのは馬鹿げてるからやめよーぜ、って話。
そんなもんでコロコロ感情を変えるのは環境に流されすぎてると思うよ、って話。
だから、自分の評価ってのは過去の自分とするのが一番いいと思う。昨日、一週間前、一ヶ月前の自分と比べて成長してるかって風に。 そして、その成長度ってある方向性がないと評価できない。だから、それを決めて評価をする。例えば、アメリカ人と英語で問題なく会話するって方向、目標を決めて、その目標を自分がどれだけ達成出来ているかを、過去の自分と現在の自分を比較して評価するってこと。タイムラインとか用意すれば尚良いと思う。

 周囲との比較や環境といった外的要因で変化してしまうような相対的評価ではなく、一定の方向性を持つー多分、時系列で比較できるということで、過去の自分を物差しとする評価をすべきという上記の意見に賛成です。

フォローさせていただいているイブさまのブログでも言及されていらっしゃいますように、自分にできること、進歩していることを認識し、ちゃんと褒めることも重要だと考えられます。

onomachi009.hatenablog.com

ついつい、自分の至らないところに目がいってしまいがちなんですけれどもね。

というわけで、ちょっと自己評価をここでやってみたいなーと思っていたのですが、長くなってしまったので一旦区切ります。

自己評価をやってみて記事になりそうだったら、載せたいと思います。